ニッポンの社長/企業紹介

○経営の原理原則を貫くニッポンの社長たち

■(株)幕末の取材を受けました。

2009年10月14日
株式会社インテクトインターナショナル 代表取締役 山崎祐介は、株式会社幕末の取材を受け、Webサイト「ニッポンの社長」に掲載されました。

■(株)幕末の取材コンセプト

「ニッポンの社長」は、全国各地で活躍する経営者の方に自身の経営哲学や経営観などを語ってもらい、就職活動生や転職希望者等をターゲットに、企業研究などに役立つ情報発信することを目的にしています。

○ニッポンの社長/企業紹介の内容 (1/3)

■企業のPDCAサイクルを改善する
  ”PDCAコンサルティング・カンパニー”


−まず御社の事業内容を教えて下さい。

 当社はIT分野における企業のPDCAサイクルを可視化し、改善しています。支援領域は、プロジェクトマネージメント、業務コンサルティング、ITコンサルティングの3つです。

 中でも当社が得意としているのは大規模な基盤系ITプロジェクトにおける※PMO業務です。かつて私自身が基盤系エンジニアだったので、当社にはシステム基盤の設計・構築に関するノウハウが豊富ににあるんです。そのノウハウが評価され、大手企業などから案件を直接請け負っています。クライアントは凸版印刷やNTTグループ様など、約5社です。

−PDCAサイクルの改善について、
  詳しく教えて下さい。


 まずPlanの段階では、事業計画やRPF(提案依頼書)の作成を通じて、当社の”志”をお伝えしています。その”志”とは、クライアントが自社に必要なITを自ら取捨選択し、ITベンダーをコントロールする立場になってもらうこと。

 そもそも日本の企業はITベンダーの言いなりになりがちです。ITベンダーはクライアントの経営戦略から現場の業務まで、すべてを分かっているわけではありません。それにも関わらず、日本の企業はIT戦略から基幹部分のITシステムまで、ITベンダーに丸投げしてしまっている。

  結果、現場が使いにくいシステムが出来上がってしまうケースが多いんです。だから、当社が第三者的な立場から、クライアントに必要なITを取捨選択するノウハウとPDCAサイクルを改善する施策を提供しています。いわばITブレーンとして、クライアントのIT活用を協力にサポートしているんです。

 次にDoの段階では、※BIAを活用し、問題点の抽出と優先順位づけを行っています。事業計画におけるBIAとは「事業(業務)停止時間」を想定した影響分析のこと。これは事業計画を立てる上で有力な判断材料であり、クライアントの経営判断の精度を上げることができます。

 従来のBIAを使った手法では、具体的な事象を想定し、業務の影響度を分析していました。すると、個別事象ごとの分析作業が膨大な量となってしまうため、あまり有用ではありませんでした。しかし当社では「事業(業務)停止時間」に応じた影響度を分析することで、BIAの結果により導き出した業務復旧目標時間とのギャップ分析が可能となるのです。

■用語解説

※PMO(Project Management Office):プロジェクトマネージメントの統括・管理を目的として設置される部門のこと。大規模な組織において、組織全体のプロジェクトマネージメントの能力と品質を向上させ、個々のプロジェクトが円滑に実施されるように支援する。

※BIA(Business Impact Analysis):ビジネス影響度分析のこと。事故や災害など、不測の事故で業務停止した際の被害額やサービスの復旧時間を算出する分析。

○ニッポンの社長/企業紹介の内容 (2/3)

■クライアントの経営陣と現場の双方を支援する


−では、PDCAさいくるの「Check」「Act」についても
  教えて下さい。


 Checkの段階では、業務の進捗を事細かに記録し、業務の「見える化」を行います。最後に、Actの段階ではPMOとして、主に2つの役割を果たしています。

 1つ目は、プロジェクトを円滑に進行させる役割。当社が支援するプロジェクトは数百名以上のメンバーが参画します。このような大規模プロジェクトになると、どうしてもメンバー間でスキルや業務理解度のバラツキが出てしまう。このバラツキがあるのを前提に、当社はプロジェクトの現場に深く入り込み、メンバーに対してプロジェクトの進め方のヒントを伝えたり、PM研修などを行っているんです。

 2つ目は、プロジェクトの基幹業務をサポートする役割。当社はクライアントのシステム部門が解決できない難しい業務をサポートしています。具体的には基盤の構成管理、データ移行、サーバー・ストレージ・ネットワークの入れ替えなど、システム基盤に関する業務が中心ですね。

 このようなPDCAサイクルを通じて、当社はクライアントの経営陣と現場の双方を支援しているんです。

−山崎社長のキャリアはエンジニアから
  始まったそうですね。


 大学卒業後、私は富士通にて、基盤系開発エンジニアとして働き始め、5年間、通信制御装置のOSを開発していました。このOS開発というのは、コンピュータやネットワークの基本です。

 また、当時の開発は、規模(人数、機器、期間)が大きかったため、PMO業務を現場で習得することができました。この基本をみっちり学んだおかげで、その後どのようなプロジェクトにも対応できるようになりました。

 その後、ITシステムのより上流から参画したいと思い、外資系ITベンダーのDECに転職しました。私は営業サポートエンジニア(ITコンサルタント)として、サーバー、ストレージ、ネットワーク、各種ミドルウェアを販売するためのソリューション提案活動に従事していました。

 当時、営業サポートエンジニアとして私が心がけていたのは、クライアントに真に役立つソリューションをご提案すること。私はクライアントに役立つソリューションを実現するためなら、他社のプロダクトでも迷わずに提案していました。もちろん他社のプロダクトが売れても、自社にあまりメリットはありません。メーカーにおける営業サポートエンジニアとしては、あまり誉められた話しじゃないかもしれません(笑)。でも、クライアントからは大変喜ばれました。

○ニッポンの社長/企業紹介の内容 (3/3)

■あるがまま、自然体でいたい


−山崎社長の起業の経緯を教えてくださ。

 その後、私はDECでPMO業務にも積極的にチャレンジしました。その結果、かつて現場で苦楽を共に過ごした仲間達やクライアントの多くから「山崎さんとまた一緒に仕事がしたい」と言って頂けるようになりまいた。これは本当に嬉しかった。

 そして、2000年からは、DECの人脈を通じて様々な企業でPMO業務などを行った後、クライアントにもっと素直に向き合いたいと考え、2007年に思い切って独立を決意したんです。自分自身を法人化するという意味で、私の名前「祐介」を会社名にしました。

−山崎社長のキャリアは、エンジニアに始まり、
  プロジェクトマネージャー、そしてITコンサルタント
  へと移り変わっています。今後の山崎社長の
  キャリアステップはなんですか。
  また、御社のビジョンも併せて教えて下さい。


 先ほど申し上げたITブレーンがそのひとつです。ただ、それだけに固執せず、あるがままの自然体でいたい。あまり中長期的な目標は設定したくありません。その方が自分らしいキャリアを歩めると思っているからです。

 実際、私はこれまで、あるがままに生きてきました。学生時代はIT業界で働くことも、起業することも考えていませんでした。当時はひたすら、好きな量子物理学を勉強していただけです。しかし、量子物理学を深く学んでいくうちに、物理屋的なアプローチの仕方は、どの分野でも活用できることに気づき、当時まだ若いコンピュータ業界でも十分適用するのではと考えるようになりました。そこで、せっかくなら、まずはコンピュータの基本であるOS開発に従事してみたいと思い、富士通でのキャリアを選択しました。その後、転職した外資系ITベンダーではプリセールスとして、ヒトとの出会いに恵まれました。その結果、プロジェクトマネージャとコンサルタントというキャリアを積めました。やがてクライアントに背中を押され、起業することになったわけです。

 この一連のキャリアは、私が意図的に形成してきたわけではありません。その時々に自分のベストを尽くした結果、自然とここまでだけです。だから、私にはそんな生き方が合っています。これからも目の前の仕事に全力で取り組み、あるがままに生きていきたいと思います。

■山崎 祐介(やまざき ゆうすけ)

1967年、東京都生まれ。大学卒業後、1990年に富士通関連会社に入社。通信制御装置のOS(UNIX)開発を担当。1995年に日本ディジタルイクイップメント株式会社(現:日本ヒューレット・パッカード株式会社)に入社。政府入札案件対応業務、基盤系プロジェクトマネージメント業務、業務分析・改善業務などに従事、2007年に株式会社祐介を設立し、代表取締役に就任。

 

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